【映画考察】アイガー北壁【なぜ強国は人類未踏破峰を目指すのか】

映画考察

ナショナリズムとスポーツは分かちがたく結びつくことが多い。

それは国家が心身健全な成員を求める(=有事の戦力として期待する)からである。

19世紀以降、未開地への冒険を命がけのスポーツと位置づけ、いく人もの成功者(同時に落伍者)を生み出したのはイギリスであった。

イギリスが世界の覇者として、北極・南極・チベット・エベレストなどの人類未踏地を開拓する一方 ビスマルクのもとで工業化・軍事大国化を推し進めた新興国ドイツは当時の列強国同様、世界の極地に冒険家を送り出す。

時は流れ1936年、ナチス政権の下で先の大戦で失った自信を完全に取り戻したドイツでは、アルプスアイガー北壁初登頂が国民的な注目を集めていた。

2008年 ドイツ フィリップ・シュテルツル監督作品

あらすじ

1936年ベルリンオリンピックをひかえた夏、ナチスは国威発揚のため、4000メートル級のアイガー北壁のドイツ人初登攀を強く望み、成功者にはオリンピック金メダルの授与を約束する。長らく登山パートナーでドイツ軍山岳猟兵のトニー・クルツとアンディ・ヒンターシュトイサーは前人未到の北壁への挑戦を決意する。麓のホテルには登頂を待ちわびる見物人・マスコミが詰めかける中、トニーとアンディの幼馴染でベルリンの新聞記者ルイーゼの姿もあった。先行のふたりと同じコースをたどっていたオーストリア人登山家2名のうち1人が落石で重傷を負う。合流した4名は登頂を断念し、一刻も早い下山を目指すが、嵐・雪崩・装備不足が彼らを襲う。

キャスト

トニー・クルツ: ベンノ・フユルマン
ルイーゼ・フェルトナー:ヨハンナ・ヴォカレク
アンディ・ヒンターシュトイサー:フロリアン・ルーカス
ヴィリー・アンゲラー:ジーモン・シュヴァルツ
エディ・ライナー:ゲオルク・フリードリヒ
ヘンリー・アーラウ:ウルリッヒ・トゥクル

なぜスイスの山に登るのか

スイスは永世中立国である、これは日本の中学校の教科書にも載っているであろう。

第二次世界大戦中、スイスはドイツ・イタリアに挟まれながらも「永世中立」を維持した。     しかしこの神話には戦後多くの疑問が呈されている。

中立どころか、ドイツの戦争遂行多大なる貢献をしていた。

スイスは銀行業で有名である。大戦中、ドイツとの金融取引を続け、被侵略国から奪った資産のマネーロンダリングに協力した。

また機械工業国であったスイスは(時計などの精密機械を想像してもらえるとうれしい)、軍事物質の輸出も行っていた。

映画「大脱走」の終盤、スティーブ・マックイーンがバイクで逃げ込もうとするのがスイス領内であった。しかしながら実際には枢軸国側と経済的にはずぶずぶの仲なのである。

なぜ北壁初登攀に挑戦するのがスイス人でなく、ドイツ人(またはオーストラリア人)なのか?

結局のところ、極地に挑戦する資格を得るのは軍事的・経済的な強国なのである。

想像するしかないが、ドイツ人ならばスイス人のナショナリズムを損なわなかったのではないか。

エベレストを引き合いに出してみよう。

地理的にはエベレストはネパールとチベットに立地する。しかし支配国であったイギリスが登頂の端緒となり、第二次世界大戦後は中国をはじめ、各国が各ルートの登頂を競った。結局、ネパール隊やチベット隊の「地元」登山隊が挑戦するようになったのは近年のことである。

ドイツ隊とオーストリア隊

オーストラリア隊の2人は熱烈なナチ党員である。

ドイツ人が多数かつ支配階級を占めるオーストリアでは、多数のナチ党員が公然と活動していた。

その後押しと政治的謀略のかいあって、1938年ドイツはオーストリアを併合する。進軍したドイツ軍は市民の大歓迎を受けたようだ。

両国を本家と分家の関係性に擬するのなら、分家の者はより承認欲求が強いのではないか。

本流であるドイツ隊に負けたくない、かならずや登頂一番乗りを目指すという思いから撤退を許さなかったと想像できる。

「ハーケン」に命を懸ける

作中、登山経験のない取り巻きがハーケンを見て、「こんな鉄の部品に命をかけるのか」と感想を漏らすシーンがある。

ハーケン→ハーケンクロイツと容易に連想できる。

実際数年後、ナチ党のシンボル ハーケンクロイツに命をかけ、たくさんの人が死ぬ。

本作のドイツ人登山家2人は精強さに定評のある山岳猟兵部隊に所属する。

他方、オーストリア人コンビは本国のナチ党員である。オーストリア併合後は武装親衛隊入りしていたかもしれない。

もし彼らがアイガーで死ななくても、いずれ赴く戦場で戦死する可能性は高そうだ。

ポイント・オブ・ノーリターン

回帰不能点、すなわちそこを超えればもはや後戻りできない地点を指す。

作中であれば、負傷者が出た時点であろうか。登頂への功名心が勝り、勇気ある撤退ができなかった。

または残酷な話だが、負傷者をあきらめれば全滅の憂き目は避けられたかもしれない。

世界史的に見れば、1933年のヒトラー政権誕生が総力戦に向かうポイント・オブ・ノーリターンでなかっただろうか。

1938年、ナチスはオーストリアを併合する。作中のオーストリア人ナチ党員2人は生きていれば歓喜しただろう。

1945年、ソ連の西方進撃に伴い、オーストリア領内も戦場になる。首都ウィーンでは市街戦が繰り広げられ都市はがれきの山と化した。

本作の登山家4人の運命と同様に、ドイツ・オーストラリア両国も一蓮托生だったのだ。

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