この作品を前にした90%の視聴者は「まーたロック様の脳筋ムービーか」とうっとりとした目で溜息をこぼしたことだろう。しかし見た目に騙されてはいけない。この映画はアメコミムービー史上ナンバー1といってもよい政治的作品なのである。これを観れば現代アメリカの対外戦略が丸わかりだ。
あらすじ
5000年前の古代都市カーンダック、テス・アダムは愛する者を失った悲しみから半神の力を暴走させ、都市を破壊し、復讐を果たす。時は流れ現代、あるきっかけからテス・アダムは封印を解かれブラックアダムとして復活する。人類の脅威を察知したジャスティス・ソサエティ・オブ・アメリカ(JSA)はカーンダックに赴き、対峙する。
キャスト
- テス・アダム / ブラックアダム:ドウェイン・ジョンソン
- アドリアナ・トマズ:サラ・シャヒ
- アモン・トマズ:ボディ・サボンギ
- カーター・ホール / ホークマン:オルディス・ホッジ
- ケント・ネルソン / ドクター・フェイト:ピアース・ブロスナン
- アルバート・“アル”・ロススタイン / アトム・スマッシャー:ノア・センティネオ
- マクシーン・ハンケル / サイクロン:クインテッサ・スウィンデル
- イシュマエル・グレゴール / サバック:マーワン・ケンザリ
- アマンダ・ウォラー:ヴィオラ・デイヴィス
ロック様映画から学ぶアメリカ政治理論
冒頭でアメリカの対外政策と述べた。ベトナム戦争以降、アメリカの世界地域への影響力は低下している。特に2000年代初頭のアフガニスタン・イラク戦争における拙速な開戦と今にも続く混乱はその証左である。泥沼化するシリア内戦では一貫性の欠けた方針をとり、今も続くウクライナ戦争では調停の糸口を見つけられない。
つまり世界の警察であったはずのアメリカは弱くなった。アメリカ人はその事実を認めたくはないだろうが。
そこで投入されたのが本作ブラックアダムだ。ここには複雑多様化した紛争状態でアメリカがどのように立ち回ればよいかを懇切丁寧に描いている。いわば理想化された紛争関与モデルだ。
JSAはチーム★アメリカ/ワールドポリス
ではアナロジーを始めてみよう。
まず舞台となるカーンダックは気候風土的に中近東に位置するだろう。イラク・シリア・ソマリアを想像させる。しかし内実は破綻国家であり、首都カーンダックはインターギャングと呼ばれる武装集団が支配している。インターギャングの部分にはさまざまな実在勢力が代入できる。例えばISIS、アルカイダ、タリバンなどだ。
つぎに考古学者アドリアナが探している「サバックの冠」となにか?これは「正当な権力」のことだろう。権力をめぐって各勢力が実権争いしている。
シャザムの呪文によってよみがえったブラックアダムは、過去権力者の座にあったが今では没落した旧支配者を象徴する。これは奴隷の身分にもかかわらず力(映画では神の力だが、現実では立身出世で得た求心力)をもってして旧王制を打倒したが、その残虐性ゆえに魔術師に封印されたブラックアダムにオーバーラップする。魔術師は強大な力をもつ。おそらくは他国の内政にも干渉できる外国勢力(たとえば1960年代以前のアメリカ)のメタファーだ。
さて復活したブラックアダムは民衆の絶大な支持を得る。救世主が現れたと。ブラックアダムを止めるべくJSAは現代科学の結晶たるスーパーパワーをもって立ち向かうが歯が立たない。その様子にますます人々の興奮は高まる。
JSAはだれが見てもわかるようにアメリカの象徴だ。「ジャスティス」の語が入っている点からも明確だ。彼らはアフガニスタンやイラクに派遣された米軍だ。派兵を決めた政治家の思惑は別として、兵士ひとりひとりは主観として正義をもたらすためにこんな辺境にやってきたのだ。
JSAのメンバーがもつ特殊能力はアメリカが紛争地にもたらすものを表す。ホークマンは米軍が誇る空軍力の象徴だ。フェイトの魔術はプロパガンダ戦略や宣撫政策。アトムスマッシャーはその名の通り核兵器使用も辞さない姿勢を示す。
しかし最強のヒーロー軍団であるJSAをもってしてもブラックアダムは倒せない。これは20世紀半ば以降のアメリカが当事者となった戦争でも同じだ。ベトナムでは北ベトナム政府を倒せなかった、キューバではカストロ政権を転覆できなかった、イラク・アフガニスタンでは脆弱な傀儡政権を残して撤退するしかなかった。
ブラックアダムはみずからの破壊衝動にショックを受け、神の力をさずかった本当の理由を明らかにする。真の英雄は息子で、アダムは助けられただけなのだと。これはJSAにしてみれば弱みを握ったのも同然である。同時に権力の地盤がいかに脆いかも知った。本来ならCIAが事前に知っておくべき情報である。
ブラックアダムとJSAは共闘し、冥界の王サバックを倒す。ラスト、民衆の歓声に迎えられたアダムは玉座を破壊し、カーンダックの守護者になることを誓う。
この物語の勝者はだれか?JSA(アメリカ)である。またひとつ異邦にアメリカの友好国を作った外交的勝利のストーリーだ。いずれブラックアダムの続編が作られるだろう。そこではJSAともに協力し、さらなる強大な敵を倒すはずだ。
いいかげんアメリカも学習したのだ。真っ向から戦争しても仕方ない。弱みを握り懐柔し友人となり、アメリカに親しみをもつ者に権力を握ってもらおう。もっというと恐怖政治的ではなく、人々の期待を受けるカリスマ指導者がなおさら好都合だと。
この結末は、現実の歴史上、中米諸国で同様のことが起こったことを示唆する。チリではピノチェト政権、グアテマラ軍政政権の例が挙げられる。いずれもアメリカの息のかかった政権だ。
ブラックアダムはピノチェトか、あるいはノリエガ将軍(麻薬密売などでアメリカの敵意を買い逮捕される)になるのか、これからのDCシリーズに期待だ。