【徹底映画考察】オットーという男【なぜオットーは怒るのか?/トランプ現象との関連性を解説】

映画考察

以下、ネタバレ注意です。

あらすじ

最愛の妻ソーニャに先立たれて以来、深い孤独と悲しみを胸の内に抱えて生きるオットー。いつも不機嫌な彼は、何かと周囲に口やかましく文句を言い、すっかり町内一の嫌われ者となっていた。ついに彼は人生に自ら終止符を打つことを決意するが、向かいの家に陽気な一家が引っ越してきて、自殺の試みを何度も邪魔されてしまう。彼らと交流するうち、オットーの心境にもいつしか変化が生じるようになる。

2022年 アメリカ マーク・フォースター監督作品 アマゾンプライムビデオ配信

キャスト

  • オットー: トム・ハンクス
  • 若い頃のオットー: トルーマン・ハンクス
  • マリソル: マリアナ・トレビーニョ
  • ソーニャ: レイチェル・ケラー
  • トミー: マヌエル・ガルシア=ルルフォ

自分自身に対する怒り

オットーは怒りを抱えた男だ。そしてそれを外面に表すことをためらわない。

では、その怒りの根源とは何なのか?――――

怒りは孤独でやるせない毎日を送る自分自身に対するものだ。孤独が他人とかかわらないという意味ならば、意識や関心はつねに自分に向かう。

オットーはホームセンターでロープの会計方法に文句を垂れ、敷地内に入ってくるドライバーたちを怒鳴りつける。オットーは一見、そうやって他人に怒りをぶつけているように見えるが、むしろそれほどにも怒りを抱える自分自身に怒っているのだ。オットーは怒りをぶちまけた後、決して爽快な表情を浮かべない。悲しみをたたえたしかめっ面だ。怒りによって一時の溜飲を下げることもできず、さらに悪いことに「あんなに大人げなく怒りを表した自分」を思い出し、さらに不愉快な気持ちになる。それは無限の負のサイクルで止めようがない。彼は怒りを抱えれば抱えるほど怒る。

彼の行動は一方通行のコミュニケーションで、相手に説明する隙を与えない。怒るときすら誰ともかかわることができない。

怒りによって自分を痛めつけることの究極が自殺である。それと同時に怒りの無限地獄からの脱出方法だ。彼もそれをうすうす感づいている。

しかし、隣に引っ越してきたマリソル一家と(いやいやながらも)交流することでオットーは変わっていく。親しく話せる人がいることで、人間はうちに秘める怒りを緩和することができる。おそらく妻ソーニャが健在の間は、彼女がオットーの解毒剤だったのだろう。

トランプ現象とシニア

オットーの属性はややもすれば昨今の過激なトランプ支持者に合致しそうだ。白人、高齢者、ピッツバーグという産業衰退都市在住、孤独、過去のアメリカの栄光を懐かしむ。これらの特徴はトランプ支持者に共通する。しかし彼がそういった傾向に陥らないのは、多様性に対する寛容性をもっているからだ。

マリソルら移民一家、黒人のルーベン・アニータ夫妻、トランジェンダーのマルコムへの接し方。オットーは愛想なしだが、本質的に差別はしない。

オットーは終盤、自分がもつ家、車、財産を彼らに継承する。それはアメリカという国自体が、建国以来つぎつぎと入植するニューカマーたちに引き継がれていったことを写し出す。オットーは姓名から考えると北欧系またはゲルマン系に家系だと思われる。人生を全うした彼はマリソルという新世代の移民にバトンを渡した。それはオットー自身も彼の父親から渡されたように。

ものごとはすべて流動する。アメリカという国家の中身もまたそうである。これは、「古き良きアメリカ」という固形物に心酔するトランプ主義者たちに対する痛烈なメッセージだ。

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